1日も早い拉致被害者全員の救出にむけて!

北朝鮮人権侵害問題啓発週間作文コンクール2020
高校生部門 優秀賞
私達は諦めない  
私立聖マリア女学院高等学校2年 宗宮 まどか

想像してみる。大切な家族や友人、恋人が拉致される。突然知らない国へ連れて行かれる。北朝鮮による拉致問題は他人事として考えてはいけない。

私が拉致問題について考えるきっかけになったのは十歳の頃、新潟空港で見たパネル展だった。そこで見たアニメ「めぐみ」は幼かった私にとって衝撃で、当時感じた恐怖は今でも覚えている。先日、横田滋さんが亡くなったというニュースが飛び込んできた。今、高校生の私にできることを考えた。

ご家族は今もずっと彼らの帰りを諦めずに待ち続けてみえる。ご家族の高齢化が進み、子供との再会を果たせないまま亡くなった親は二〇〇二年の日朝首脳会談以降でも八人いらっしゃる。今年二〇二〇年、横田滋さん、有本嘉代子さんが娘との再会を果たせず亡くなった。有本さんはメッセージの中で「恵子が帰るまでは元気でいたい」とおっしゃっていた。胸が痛くなった。北朝鮮による拉致問題は出来る限り早く解決させる必要がある。

私達高校生にできることは拉致問題について知り、調べて理解することだ。横田めぐみさんが拉致されたのは十三歳の時である。この事実を同じ世代の人達が知り、当事者意識をもつことが大切である。そうすれば、若い世代の関心が薄れているのを防ぐだろう。毎年十二月十日から十六日までの「北朝鮮人権侵害問題啓発週間」をさらに浸透させる必要がある。この週間を使い、学校において拉致問題について学び、意見を交流する場を設けるべきだ。小中学生誰もが拉致問題を知ることができるように、教育課程に一時間でいいので組み込んでもらいたい。学生達が拉致問題を知り、考えるきっかけをつくることは問題解決への一歩になる。

私の伯母はめぐみさんが行方不明になった一九七七年、十歳であった。伯母が高校生の時、新潟県ではめぐみさんが北朝鮮に拉致されたという噂がすでにあったが、正式に拉致の情報が入ったのは何年も後のことだったという。伯母は当時、その噂を深く考えずに話題にするだけだった。もしあの頃、自分達が報道機関や政府に調査するよう要望して世論が動いたら、何か変わっていたかもしれないと伯母は今、後悔している。国の仕事、大人の仕事と捉えず、発信していくことが私達若い世代の使命のように思う。例えば、SNSは意見を発信する良い方法である。政治的な内容は賛同だけでなく批判も出てしまうが、議論を起こすことで、拉致問題が認知され、風化を防ぐ手助けになるはずだ。

私達にできること。まず一人一人が北朝鮮の拉致問題について知ろう。そして意見をもとう。そしてそれを発信しよう。それを継続し大きな力にしよう。問題が解決するまで、私達は決して諦めない。